国家公務員と留学制度
大学院検討はちょっと休憩して、国家公務員の留学について。
1.国家公務員と国際業務
国家公務員というと、霞が関で連日深夜まで働いているイメージが強いかもしれないけれど、外務省だけではなくその他の府省庁でも国際的な業務が多々ある。
日々の政策立案において他国との比較研究(ある業界・業種に対してどんな規制をかけているのか、優遇措置を設けているのか など)は必須である。
それだけではなく、例えば他国と経済協定を結ぶとき。全体の取りまとめは外務省が行うが、協定の個々の内容は所管省庁が相手国と直接交渉する。
平成25年から29年にかけて行われた日EU経済連携協定(EPA)交渉会合は、ブリュッセルと東京で交互に開催されたが、毎回各省庁からあわせて数十人が出席し、連日、分野別に複数の会合が並行して開催されていた。
あるいは、各国日本大使館の書記官という職もある。大使館に勤務しているのは、外務省職員だけではない。各省庁、重視する国の大使館には、情報収集や相手国との調整などのために書記官を派遣している。
そして、国際機関との関連では、UNESCO、ILO、WHOなどの国連専門機関はそれぞれどの省庁が担当か決められている。そして、それら国際機関で開催される各種会合では、外務省職員ではなく、各担当省庁が事前調整から会合での各国との交渉まで担っている。
2.留学制度
国家公務員といえど、採用され、入省したときから上記のような国際業務を遂行できる語学力やプロトコルを備えているわけではない。
そこで、各省独自の留学制度と、人事院の留学制度との大きく二つの制度が用意されている。
(1)各省留学制度
近年縮小傾向にあるようだけど、 独自の留学制度を持っている省もある。持っている予算に応じて、毎年何人も欧米に送り出す省もあれば、数年に1人だけ決められた国/学校で語学研修を受けさせられるだけという省もある。例えば財務省のキャリア官僚は留学がほぼ必須とのこと。金融庁はノンキャリでも留学できる枠が広いとうわさを聞いたことがある。キャリア官僚は、後述の人事院留学制度が充実しているので、独自の留学制度は、どちらかというとノンキャリに門戸が開かれている印象がある。
どこに・だれが・何人・何年・どんなプログラムで留学できるかなど網羅的には公表されていないので、ここでは割愛。各省の採用案内のページを見ると、簡単に紹介が載っている場合も多い。
例:農林水産省の2021年の採用案内パンフレットを見ると、ノンキャリ向けに8ヶ月の英国での語学研修がありそう。
https://www.maff.go.jp/j/joinus/recruit/pamphlet/attach/pdf/2021-18.pdf
【2022年2月追記】
人事院が毎年公表している「国家公務員の留学費用の償還等に関する状況」に、各省庁の主だった留学が載っている。ただし、一般職・総合職の別は無い。また、採用パンフレットと付き合わせると、こちらには掲載されていない在外研修もありそう。
以下は令和元年度の例。
(2)人事院留学制度-行政官長期在外研究員制度
一般に国家公務員の留学制度というと、人事院の制度を指す。
人事院の留学制度は、短期、長期、国内の3種類があり、海外の修士課程以上で勉強できるのが長期。正式には「行政官長期在外研究員制度」という。
入省10年未満の職員が対象。基本的にキャリアが対象で、ノンキャリはごく少数。
上の人事院のHPで、長期在外研究員の派遣先国別に大学、省庁、研究内容のリストが公表されている。
留学するための実際の倍率は明らかにされていないが、周囲に聞くと、総合職であれば希望者のかなりの割合が早期に留学できているようである。とはいえ、この制度に応募する時点で語学力が必要(英語圏への留学ならTOEFL81点以上等)。そのため、留学を希望していてもスコアを得られず応募自体を断念する人も一定程度いる模様。個人的には、この点数すら取れないなら大学院に合格するのも授業についていくのも無理だと思うけど、超激務の部署に超長期間配属されていたら難しいのかもしれない。
参考まで、以下の表は、人事院の公表している令和3年度入省にむけた総合職の採用予定数と、平成29年度に派遣された留学者数である。比較年度が異なるため正確ではないが、大体のイメージは間違っていないのではないか。
R03 総合職採用予定数 | 留学者数 (H29派遣) |
倍率 | |
警察庁 | 36人 | 9人 | 4.0倍 |
金融 | 15人 | 7人 | 2.1倍 |
総務省 | 57人 | 10人 | 5.7倍 |
法務省 | 37人 | 6人 | 6.2倍 |
財務省 | 42人 | 19人 | 2.2倍 |
文部科学省 | 36人 | 7人 | 5.1倍 |
厚生労働省 | 60人 | 10人 | 6.0倍 |
農林水産省 | 103人 | 6人 | 17.2倍 |
経済産業省 | 52人 | 21人 | 2.5倍 |
国土交通省 | 123人 | 14人 | 8.8倍 |
環境省 | 24人 | 2人 | 12.0倍 |
防衛省 | 25人 | 8人 |
3.1倍 |
注意点:表の「留学者数」には、一般職採用で留学している者も含まれる。人事院資料からは採用区分別留学者数はわからないが、一般職の留学生はごくわずかだと想定して、表のとおりとした。
省庁によって倍率に差があるのは、それぞれの省庁がもつ予算が異なるため。留学は、制度の整備をしているのは人事院だけど、財源は各省庁それぞれの負担になる。したがって、ある省が多くの予算を確保していれば留学できる人数が増えるし、少なければ人数も減る。
また、制度の運用も省庁の裁量なので、一般職がこの制度の対象かどうかは省庁によって異なる。さらに、たとえば経産省は、留学人数を増やすために留学生に自費負担を求めていると聞いた。ほかに、入省してから留学できるまでの期間も省庁によって異なる。3年で留学できる省もあれば、6年くらい勤務しないと留学できないところも。
留学中は、通常、ボーナス含めた給与、手当が支給され、渡航費と授業料も公費負担。自費負担は、上記以外の保険料や、授業料以外に学校に支払う費用(施設利用料等)等。当然のことながら、留学前の語学試験受験料や出願費用も自費。
(3)人事院留学制度-それ以外
上記(2)で述べた行政官長期在外研究員制度以外の「短期」と「国内」について。
「国内」は文字通り日本の大学院で2年間勉強して修士号を取得するもの。長期在外研究員制度は入省10年目までの(一応)若手が対象だが、国内留学は入省18年目までが対象なので、それなりにキャリアを積んだ30代の一般職の人が対象の制度、というイメージ。
「短期」はいくつかの種類があり、派遣先が異なる。外国の研究機関等で調査に従事する「調査研究コース」。OECDやECなどの国際機関に行く「国際機関コース」(国際機関での研究ポストを独自(各省庁でポストを持っていることもある)で獲得する必要がある)。シンガポールのリー・クアンユー公共政策大学院の「公共政策コース」。アメリカの指定機関等での「特別コース」。この中で「特別コース」は一般職向けだと明示されている。
「短期」の各コース合わせても派遣者数は限られているため、国家公務員の間でもこの制度をきちんと認識している人は少ないのではないか。積極的に応募する人もあまり聞かない。長期在外研究員制度に漏れた総合職が海外経験を積むための措置というイメージ。
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人事院の留学制度には批判もある。官僚は税金で留学させるに値するのか、留学中真剣に勉強しているのか。一時は、留学後に転職してしまうものがいることも問題になった(今では留学後5年以内に離職したら留学費用を返還することになっている)。
私個人としては、採用時に語学力や国際経験を(基本的には)問うていないこと、しかし一方で、どんな制度も国内に閉じてはいられず、国際業務専門部署以外でも外国政府との交渉や企業との調整が不可欠になっていることに鑑みると、官僚を外国で勉強させることは必要だと思う。